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 癒しの体験談・ドキュメント
FAP12回目
(無料+4回セット+10回セット/7回目)


(1)前回からの変化や気付き、セッション時のご自分の状態や状況
今回振り返ってみた時に、これまで感じていた「心の奥底の怒り」だけでなく、
自分にとって嬉しいこと、楽しいことを、素直に感じることができていたことに気がつきました。
これまでは、自分にとって楽しいことであっても、失敗したり間違えたりしたらどうしよう、といった
「まだ起こっていない悪いこと」ばかりが気になり、心から楽しんでいるとは言い難かったのです。
今でも全く不安がないわけではありませんが、その不安に心が振り回されることは少なくなったように
感じられます。不安は不安として、楽しさは楽しさとして、それぞれを自然に、素直に受け止めていると
感じられるのです。
そして、嬉しい・楽しいというポジティブな感情だけでなく、腹が立つ、くやしい、といった
ネガティブな感情も、素直に感じることができるようになりました。
これまでのように、「全部私のせいだ、自分が悪いんだ」と過剰に背負いこんだりせず、相手に腹が立つところは
素直に腹が立つし、自分のふがいなさには素直に悔しさを感じるのです。
また、「こんなことで腹を立ててはいけない」と、怒りを見なくしていた部分もあったのですが、それも
弱まっているように感じられました。

自分のハラから湧き上がる感情にこれまでかけていた思考のフィルターが、弱くなってきたのだと
思うのです。
やりたいことをやって楽しい時に「能天気に楽しんでばかりなのは浅はかだ」と思考のガードをかける。
誰かのせいで腹が立つときに「相手の立場も考えなければ」と思考のガードをかける。
今までは、こうやって私の思考が感情をコントロールしていたのだと思います。
完全に思考のガードが消えたわけではないと思いますが、今までに比べれば格段に思考のガードは弱くなって
いるように思えます。




(2)セッション時に思ったことや感じたことや心に残ったやりとり
前回、「母親に信用されなかったことについて考えてみる時間をもつように」と宿題を頂いたのですが、このことについて考えていたとき思ったのは「母親に笑いかけて欲しかった、一緒に楽しみたかった」ということでした。
気を惹きたい一心だったかもしれないですが、当時母親が熱中していたフランス刺しゅうを教えてもらおうと一生懸命になったり、手芸やビーズをしたりしていました。
母親が楽しんでいることに私も混ざることで、共感を得たり笑ってもらったりしたかったのだと思います。

このことをSadhikaさんに告げ、セッションを行って頂いたのですが、セッション後半に「母親が何に対して怒っているのか分からない」という言葉がひらめきました。
思い返してみれば、昔の母親は漠然と怒っている、不機嫌な雰囲気であることが多かったように思われます。
いつも何か不機嫌で、私に対して笑いかけてくれない。
どうしてなのかわからない。

セッション中は、ただ上記のことを認識しただけで終わりました。


(3)セッション3日後くらいに何か変化や気付きがあれば
セッション中は、「母親が何に対して怒っているか分からない」ということを認識しただけで
終わったのですが、時間がたつにつれ、その背景がなんとなく想像できるようになってきました。

慣れない土地や環境で、母親自身もいっぱいいっぱいだったことでしょう。
そんな中生まれた私は体が弱く手がかかるうえに、常識の範疇を超えたことをしでかすので理解できない。
「警察官の娘」らしく、模範的に育てなければ、と思っていたのかもしれません。
「警察官の妻」らしく、模範的にあらなければ、とがんばっていたのかもしれません。
そんな日常で、心に余裕をなくしていったのかもしれません。
そのストレスで、笑顔のない母親になっていったのかもしれません。

そんなこと、子供の私がわかるわけがないんです。
ただ漠然と機嫌悪いなぁと感じて、ひょっとして私のせいかなぁと思う。
はっきり「お前のせいだ」と言われなくとも、自分のせいだって思わざるを得ない空気。

はっきりと「お前のせいだ」と言われない分、根が深いのだと感じます。
お前が悪いと言われれば、言った本人に怒りを向けることができるのに、
「私が私を悪いと思うように仕向けられた」ために、私は私を罰し続けることになってしまった。

根深い怒りの、これがその一端のように思われました。
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